福井放送 のバックアップ(No.9)


福井放送
所在地:福井県福井市大和田
HP:http://www.fbc.jp/
系列
テレビ NNN・ANN
ラジオ JRN・NRN
コールサイン
ラジオ JOPR
テレビ
(デジタル) JOPR-DTV
(アナログ) JOPR-TV
周波数
ラジオ
AM
[福井] 864kHz/D5kW
[敦賀] 1557kHz/100W
[小浜] 1557kHz/100W
FM補完中継局
福井 94.6MHz/1kW
テレビ
デジタル (リモコンID:7)
[福井] 20ch 515.142857MHz/出力 1kW
[敦賀] 28ch 563.142857MHz/出力 10W
[小浜] 47ch 677.142857MHz/出力 10W
アナログ
[福井] 11ch 213MHz/映像 3kW・音声 0.75kW
[敦賀] 8ch 195MHz/映像 30W・音声 7.5W
[小浜] 4ch 173MHz/映像 30W・音声 7.5W


  • 沿革
  • 1951年4月21日:ラジオ局の放送予備免許が交付される。
  • 1952年3月6日:福井放送株式会社設立。当時、本社は福井市の牧ノ島町に置かれていた。また、予備免許が交付された後に会社が設立された。
  • 1952年7月20日:福井放送ラジオが開局する(JOPR、740kHz、50W)。福井放送全体としての開局となった。当時の愛称はラジオ福井。日本全国のラジオ局としては15番目の開局。当時の送信出力は50Wと非常に小さかった。その為、番組を聴取出来る地域は福井市内の一部に限られた。
    • 当時の編成は全てが自主制作だったが、番組ソフトが不足気味だった。そこで、後に大阪の朝日放送と提携を組む様になった。この事が、後に朝日新聞社やテレビ朝日系列(ANN)との関わりに影響する事になる。
  • 1953年2月:番組の共有やスポンサーの獲得を目的として、ラジオ北陸連盟をMROKNBと共に結成。1957年4月まで友好を結んだ。
  • 1953年5月:福井ラジオ局の送信出力を以前の10倍の500Wに増力した。これにより、番組を聴取出来る地域が福井市の全域と周辺の一部に広がった。
  • 1953年8月:福井ラジオ局の周波数を860kcに変更。
  • 1953年12月:福井ラジオ局の出力を昼間1kWに増力。
  • 1956年10月:福井ラジオ局の出力が終日1kWに増力。福井平野では安定して福井放送の番組を聴取出来る様になる。
  • 1957年10月22日:福井放送テレビに予備免許が交付される。
  • 1959年7月:資本金を増資(1億5000万円)。
  • 1950年代:小浜ラジオ中継局が開局した。当時の周波数は1560kc。福井平野から大きく離れる小浜市周辺でも福井放送のラジオ番組を聴取出来る様になった。また、当時は独自コールサインJOPOが割り当てられていた。
  • 1960年6月1日:福井放送テレビが開局。(JOPR-TV、11ch。)
  • 1961年10月:増力を見越し、福井ラジオ送信所を福井市の大和田町に移転する。
  • 1961年11月:福井ラジオ局が3kWに増力。この時から福井ラジオ送信所に指向性が設定される様になる。
  • 1962年10月:福井ラジオ送信所が最後の増力。最終的に出力が5kWとなった。
  • 1962年12月:福井放送の本社を福井市大手町に移転する。現在、この建物は福井放送会館と呼ばれている。
  • 1962年7月22日:カラーテレビ放送を開始する。
  • 1966年4月1日:NNNに加盟し、正式に日本テレビ系列のテレビ局になる。
  • 1981年12月1日:本社を福井市板垣に移転する。福井放送会館は雑居ビルになった。
  • 1985年10月:ロゴマークを変更。2013年12月31日まで使用された。
  • 1989年4月1日:ANNに加盟し、FBCは日本テレビ系列とテレビ朝日系列とのクロスネット局になる。
  • 1992年4月1日:情報格差是正事業により、敦賀ラジオ中継局が開局。それまで福井局の受信を強いられて来た敦賀市周辺でのFBCラジオの受信状態が改善される。
  • 1998年12月:FBCラジオの送信所を福井市大和田から坂井市丸岡に移転。
  • 2001年:福井市大和田のラジオ局送信所跡地に新局舎竣工。
    • 5月7日:ラジオ局部門の機能を移転。
    • 6月11日:テレビ局部門の機能を移転。
  • 2002年4月1日:ラジオセンター発足。
  • 2006年5月1日:地上デジタルテレビ放送開始。同時に、マスコットキャラクター「ピントン」を制定。
  • 2008年12月27日:終夜放送(日テレNEWS24)開始。
  • 2011年7月24日:開局から約58年間続いて来たアナログテレビ放送が終了。
  • 2017年4月1日:FBCラジオ福井足羽山FM補完中継局が開局。

周波数・出力

ラジオ

AMラジオ放送

局所名周波数出力
福井864kHzD5kW
敦賀1557kHz100W
小浜1557kHz100W
  • D=指向性送信

FM補完中継局

局所名周波数出力
福井FM94.6MHz1kW

テレビ

デジタル放送

局所名物理CH出力局所名物理CH出力
福井20ch1kW国見48ch0.3W
敦賀28ch10W川西35ch0.3W
小浜47ch10W越廼28ch0.3W
越前町48ch1W三国30ch3W
奥越44ch10W河和田44ch1W
勝山28ch3W今庄44ch1W
美浜28ch10W池田28ch0.3W
高浜44ch1W上中35ch3W

その他

備考

日本全国で唯一の事柄

  • リモコンキーIDは、テレビ東京系列局で標準的な「7」である。FBCテレビは、日本テレビ系列とテレビ朝日系列のクロスネット局で、編成上は日本テレビの番組が優勢である。クロスネットの都合上、キー局に配慮する形で「4」や「5」、隣県の放送を考慮して「3」や「6」や「10」は使用しなかった。これは全国では数少ない例である。また、エリア放送に使用される「11」(アナログの福井親局のチャンネル番号)も使用しなかった。
  • 日本全国で唯一の、テレビとラジオの両方の系列でクロスネットを行っている。テレビはNNNとANN、ラジオはJNNとNRNにそれぞれ加盟している。現在もまだ福井県は民放テレビ局が2局しか存在せず、他県の放送局に依存しているのが現状である為、可能な限り多系列のテレビ放送を視聴出来るようにする為の工夫である。FBCがかつて朝日放送と番組提携を行った事でこの様な事が可能になった。ラジオ局のクロスネットは全国的に多い。

ラジオ送信所の指向性

  • FBCラジオの福井送信所には、ダウンリード方式によって指向性がかけられている。恐らく、嶺北地方の難聴対策や人口分布が少ない地域に電波が飛びすぎないようにするのが目的と思われる。

舞鶴中継局開局までの視聴状況

京都府舞鶴市では、UHF帯実用化前に在阪民放局が舞鶴中継局を置いていなかった時代に、FBCの小浜中継局(VHF4ch)が視聴されていた。(尚、NHKテレビの小浜中継局(総合2・教育10)も視聴可能だった。)
※注:高性能アンテナの使用等で完全に在阪局が視聴できなかった訳ではない。但し、その場合、小浜中継局とチャンネルが重複する毎日放送と読売テレビは視聴困難だった。また、NHK総合テレビジョン(大阪放送局)は独自でVHF1ch(映像出力50W)の中継局を開局していた。この中継局は1964年の末に新たに開局した教育テレビと共にUHF中継局として再開局した。後にNHK京都放送局の総合テレビ開局に伴い、この中継局は京都局の管轄に変更された。従来のVHF波は数年間UHF波とサイマル放送されていたが、UHF受信設備が普及した事、FM局や他のVHF1chの使用局の異常伝搬を考慮して、1969年に廃止した。また、当時はftb?は未開局だった。在阪民放局の舞鶴中継局開局はftb開局の前年の1968年10月の事である。それ以降は、立場が逆転して、小浜市や高浜町で舞鶴中継局のテレビが視聴される様になった。後に、京都テレビが1970年の末に中継局を開局させている。

区域外受信

テレビ

石川県では、KTK開局まで、日本テレビ系列の番組が十分に視聴できない状況にあった為、加賀地方南部を中心にFBCテレビが視聴されていた。特に、小松市より南の金沢平野では、富山県のKNBテレビの受信状態が芳しくなく、またKNBが映る場合でも、家庭によっては夏場のスポラディックE層による外国FM局の混信対策に、VHFハイチャンネル用の八木アンテナが福井・足羽山方向に向けられている世帯が多かった。前述の通り、京都府舞鶴市では、UHF帯実用化前に在阪局が舞鶴中継局を置いていなかった時代に、FBCの小浜中継局が視聴されていた。尚、現在でも、FBCテレビは金沢平野や舞鶴市などで高性能アンテナとワンセグチューナー(高感度であればフルセグも可)の使用で受信可能である。

ラジオ

日中は、富山県から京都府北部までの日本海側の地域や滋賀県の彦根市周辺で主に福井局が終日受信可能。(舞鶴市では小浜ラジオ中継局・彦根市周辺ではの敦賀中継局の方が終日安定する。)一方、夜間の中波遠距離受信は混信が多く、エリア外での実用は困難。

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