江戸っ子 の変更点


 [[え]]【えどっこ:江戸っ子】
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 *江戸っ子の豆知泉 [#r3677de9]
 -江戸っ子の使う「あたぼう」という言葉は「[[当ッたり前]]でぃ、べらぼうめ」の略。
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 -江戸から大阪まで旅をする『東海道中膝栗毛』の主人公・弥次さんは実は江戸っ子ではなく静岡〔駿州)の人。
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 -[[夏目漱石]]は江戸っ子で稲を見たことがなく、田舎を旅行して水田を見て、案内人に「あの草はなんだ」と訊いた。
 
 
 *江戸っ子の威勢の良さ [#s2468833]
 -江戸っ子は《宵越しの金は持たない》とか《火事とケンカは江戸の華》だとか言って、その威勢の良さを誇っていたりする。~
 しかし、この威勢の良さというのは逆に考えれば短気だと言うことになるが、実はこの性格というのは、江戸時代の食糧事情が影響していると研究家は考えている。~
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 -短気でイライラしやすい性質というのは、鎮静効果のあるカルシウムが不足になるとなりやすいのですが、カルシウムがたっぷり含まれている食品には、魚介類をはじめとして、牛乳・大豆・玉子・肉などがあります。~
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 -現代の日本人は食料学などや、流通の関係から、多くの食品をバランスよく食べていたりしますが、江戸っ子たちは魚介類や大豆は食べていたとしても、それ以外の肉類などは一切食べていませんでした(明治開化まで肉食はしなかったと言われているが、それは江戸を中心にした地域だけだったらしい)、その結果慢性的なカルシウム不足によってイライラ=短気=威勢だけはよい、となったのでは無いかと言われています。~
 
 *江戸っ子は宵越しの銭は持たない [#v02b2b41]
 -宵越しの銭を持たないと言われる江戸っ子ですが、幕府が始まった頃の江戸は、京都から遷都してきた江戸を大きく盛り上げようと、建築ラッシュがありました。~
 それが一段落した時、元禄時代には着る物に金を使うようになり、次の文化文政時代に食い道楽が庶民一般に広がり、飲み食いをする商売が繁盛しました。~
 [関連項目:[[居酒屋]]/[[てんぷら]]]~
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 -つまり、一生懸命働いて、一生懸命使うというのが当時の風潮だったのです。それで、さらに江戸が勢いづくキッカケにもなったのです。~
 その一生懸命働くということに関して、当時の江戸は急速に発展をしていたために「江戸にいけば仕事がある」と言う状態で、職人でも商売人でも、その日の稼ぎを全部使い果たしても、翌日は翌日の生活が出来るだけの稼ぎがあったのです。だから宵越しの銭なんて関係なかったのです。~
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 -さらに言えば「ケンカと火事は江戸の華」などと言われていたように、とにかく火事が起こって全財産を失うことも[[当たり前]]のような時代だったために、変に財産を残すという考えは全然なかったと言うのです。~
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 -ついでに火事に関しても「火事があれば、その復興のために仕事が増える」と言う発想もあったといいます。~
 常に前向きに生活をしていた彼らにとって、計画的なんて言葉は必要なかったのかもしれません。
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 -実はこのように言われるのは後代になってからの誤解ないし創作です。~
 -実はこのように言われるのは、後代になってからの誤解です。~
 江戸時代の「銭」というのは小銭のことで、~
 本来は「小銭はもたないが大金はしっかり貯める」という意味だったらしい。
 本来は「江戸っ子は、宵越しの銭は持たねぇ。宵越しの金なら欲しいが。」が正しく、~
 「小銭は残さず使ってしまうが、大金はしっかり貯める」という江戸っ子の粋と現実主義を表していました~
 
 
 
 *更新履歴 [#j2fd93e2]
 -1999.11.30(江戸っ子の威勢の良さ)知泉No.075
 -2000.07.02(宵越しの銭)
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