金子みすゞ の変更点


 [[人名か]]【かねこみすず:金子みすゞ】
 [[人名か]]【かねこみすず:金子みすゞ】(童謡詩人)
 #counter(today)
 誕生日:[../hbd/query.php?KeyDate=1913%2F04%2F11/ 1913(明治36)年04月11日]~
 出身地:山口県大津郡仙崎通村(現長門市)~
 血液型: 型  ~
 本 名:    ~
 学 歴:    ~
 所 属:    ~
 備 考:    ~
 死 去:1930年03月10日/享年26~
 
 *処女作『お魚』 [#q9a8aaf7]
 #ref(http://tisen.jp/tisen/g02/91032.gif,around,nolink)~
 海の魚はかはいさう。~
 お米は人につくられる、~
 牛は牧場で飼はれてる、~
 鯉もお池で麩を貰ふ。~
 けれど海のお魚は~
 なんにも世話にならないし~
 いたづらも一つしないのに~
 かうして私に食べられる。~
 ほんとに魚はかはいさう。~
 #clear
 
 *金子みすゞの年譜 [#kd0c6bbe]
 1903年(00歳)明治36年4月11日:[[山口県]]大津郡仙崎通村に生まれる~
 
 ** ───1903(明治36)年(数え01歳/満00歳)────────── [#k394a209]
 -1903年(00歳)明治36年4月11日:[[山口県]]大津郡仙崎通村に生まれる~
 本名はテル
 --------
 1910年(07歳)明治43年・瀬戸崎尋常小学校に入学~
 --------
 1916年(13歳)大正5年・大津高等女学校に入学~
 --------
 1919年(16歳)大正8年・父は死別していた為、母親が下関の上山松蔵と再婚する。~
 
 ** ───1904(明治37)年(数え02歳/満00〜01歳)──────── [#kbf93dfb]
 
 ** ───1905(明治38)年(数え03歳/満01〜02歳)──────── [#xc0a91d4]
 
 ** ───1906(明治39)年(数え04歳/満02〜03歳)──────── [#ab2b83b8]
 
 ** ───1907(明治40)年(数え05歳/満03〜04歳)──────── [#oc2e1029]
 
 ** ───1908(明治41)年(数え06歳/満04〜05歳)──────── [#m295e496]
 
 ** ───1909(明治42)年(数え07歳/満05〜06歳)──────── [#q7bc6ade]
 
 ** ───1910(明治43)年(数え08歳/満06〜07歳)──────── [#y5ec9eda]
 -1910年・瀬戸崎尋常小学校に入学~
 
 ** ───1911(明治44)年(数え09歳/満07〜08歳)──────── [#f798fec1]
 
 ** ───1912(明治45〜大正元)年(数え10歳/満08〜09歳)──── [#o4356059]
 
 ** ───1913(大正02)年(数え11歳/満09〜10歳)──────── [#r81ea81b]
 
 ** ───1914(大正03)年(数え12歳/満10〜11歳)──────── [#w2481040]
 
 ** ───1915(大正04)年(数え13歳/満11〜12歳)──────── [#s1671e2d]
 
 ** ───1916(大正05)年(数え14歳/満12〜13歳)──────── [#x1671bb3]
 -1916年・大津高等女学校に入学~
 
 ** ───1917(大正06)年(数え15歳/満13〜14歳)──────── [#n270e6d1]
 
 ** ───1918(大正07)年(数え16歳/満14〜15歳)──────── [#q8f49580]
 
 ** ───1919(大正08)年(数え17歳/満15〜16歳)──────── [#w35f92dc]
 -1919年・父は死別していた為、母親が下関の上山松蔵と再婚する。~
 みすゞは兄が継いだ実家にそのまま残る~
 --------
 1923年(20歳)大正12年・兄嫁と気が合わず、母の住む下関に移る~
 
 ** ───1920(大正09)年(数え18歳/満16〜17歳)──────── [#iab5b455]
 
 ** ───1921(大正10)年(数え19歳/満17〜18歳)──────── [#eae8a977]
 
 ** ───1922(大正11)年(数え20歳/満18〜19歳)──────── [#nd9dbf59]
 
 ** ───1923(大正12)年(数え21歳/満19〜20歳)──────── [#r5f2ee19]
 -1923年・兄嫁と気が合わず、母の住む下関に移る~
 義父の経営していた上山文栄書店が勧商場に出していた支店の店番を一人でやることになるのだが、そこで本や[[雑誌]]などを読みふけり、読書三昧の日々を過ごす。~
 その中で特に[[西条八十]]の詩に惹かれ「みすゞ」というペンネームで童謡を投稿しはじめる。~
 --------
 雑誌「童話」に投稿作品『お魚』『打出の小槌』が掲載され、さらに雑誌「婦人倶楽部」に『芝居小屋』、雑誌「婦人画報」に『おとむらい』、雑誌「金の星」に『八百屋のお鳩』が掲載された。~
 -雑誌「童話」に投稿作品『お魚』『打出の小槌』が掲載され、さらに雑誌「婦人倶楽部」に『芝居小屋』、雑誌「婦人画報」に『おとむらい』、雑誌「金の星」に『八百屋のお鳩』が掲載された。~
 雑誌「金の星」以外はすべて西条八十の選で、西条はみすゞの才能を高く評価した。~
 --------
 この言葉に励まされ、以後みすゞの歌は創作・投稿を多くし、10ヶ月の間に23編の作品が雑誌に掲載された。
 --------
 1924年(21歳)西条八十がフランスへ渡る。~
 -この言葉に励まされ、以後みすゞの歌は創作・投稿を多くし、10ヶ月の間に23編の作品が雑誌に掲載された。
 
 ** ───1924(大正13)年(数え22歳/満20〜21歳)──────── [#l089deb6]
 -1924年・西条八十がフランスへ渡る。~
 その為に、多くの投稿詩人は北原白秋選の雑誌「赤い鳥」に主力を移していき、みすゞも投稿を辞める。
 --------
 1925年(22歳)自作詩集を作り始める。~
 
 ** ───1925(大正14)年(数え23歳/満21〜22歳)──────── [#l8f47e67]
 -1925年・自作詩集を作り始める。~
 そこでみすゞは投稿ではなく、自作をまとめた自薦童話小曲集『琅扞集』をつくりはじめる。~
 --------
 1926年(23歳)書店に奉公にきていた[[熊本県]]出身の宮本啓喜と結婚。~
 
 ** ───1926(大正15/昭和元)年(数え24歳/満22〜23歳)──────── [#v30b025f]
 -1926年・書店に奉公にきていた[[熊本県]]出身の宮本啓喜と結婚。~
 この結婚は、母親の元に実家から養子という形でやってきていた弟が、実の姉とは知らずにみすゞに恋心を抱いていた事が発覚したのも原因で、周囲に押し切られる形でしたともいわれている。
 --------
 7月西条八十が帰国したが、雑誌「童謡」はこの月で廃刊となる。~
 -1926年7月・西条八十が帰国したが、雑誌「童謡」はこの月で廃刊となる。~
 みすゞは西条のすすめで「童話詩人会」に入会する。~
 この会は1925年に結成されたもので、メンバーには[[泉鏡花]]・小川未明・北原白秋・[[島崎藤村]]・[[竹久夢二]]・野口雨情・[[若山牧水]]などがいた。~
 この年、長女のふさえが誕生する。~
 --------
 夫は文学には興味を持たない人で、みすゞが詩を書くことを一切禁止し、文通も止められていたので、下関商品館あてに雑誌も[[手紙]]も送ってもらっていた。
 --------
 1928年(25歳)11月・雑誌「燭台」に最後の投稿作品が掲載される。~
 -夫は文学には興味を持たない人で、みすゞが詩を書くことを一切禁止し、文通も止められていたので、下関商品館あてに雑誌も[[手紙]]も送ってもらっていた。
 
 ** ───1927(昭和02)年(数え25歳/満23〜24歳)──────── [#ue85f701]
 
 ** ───1928(昭和03)年(数え26歳/満24〜25歳)──────── [#n49ae7a8]
 -1928年11月・雑誌「燭台」に最後の投稿作品が掲載される。~
 それまで時々、雑誌に詩を投稿していたみすゞだったが、この作品を最後に、投稿作品は無くなった。~
 おそらく、夫に投稿などがばれてしまい、商品館経由の手紙なども発覚し、一切の投稿手段が無くなったためと思われる。~
 そこで、みすゞは3冊の手帳に書きためた童話集を西条八十になんとか郵送する。~
 -そこで、みすゞは3冊の手帳に書きためた童話集を西条八十になんとか郵送する。~
 それから、娘のふさえが発した言葉を採集した『南京玉』というひとまわり小さい手帳を制作しはじめる。
 --------
 1930年(26歳)結局、夫と離婚することになる。~
 
 ** ───1929(昭和04)年(数え27歳/満25〜26歳)──────── [#m3472e89]
 
 ** ───1930(昭和05)年(数え28歳/満26〜27歳)──────── [#na12fe5f]
 -1930年(26歳)結局、夫と離婚することになる。~
 夫が3月10日に娘を連れにくるという。~
 3月9日・みすゞは写真館で[[写真]]を撮影し、その晩、上山文栄堂書店内で服毒自殺をする。([[芥川龍之介]]が飲んだ毒と同じ物)~
 3月10日・死去/享年26~
 --------
 1984年:金子みすゞ全集~
 
 ** ─────────────────────────────── [#n66d6ef1]
 -1984年:金子みすゞ全集~
 死後54年も経った時、全作品が集められ、金子みすゞ全集が発刊される。~
 静かなブームを呼ぶ。
 --------
 1996年:リバイバル~
 -1996年:リバイバル~
 TVで金子みすゞの事が紹介され、さらにCMなどで詩が朗読されたりし、忘れられた詩人のリバイバルとしてブームになる。
 --------
 2001年:映像化~
 -2001年:映像化~
 金子みすゞの人生を描いた映画・TVドラマが制作される。
 
 
 
サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jp のロゴ