通天閣 のバックアップ(No.2)


【つうてんかく:通天閣】

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7月3日 通天閣の日

  • 大阪区大阪市浪速区の盛り場「新世界」にある大阪の象徴とも言える鉄塔です。
    この通天閣は1912年.7月3日に建てられました。

通天閣の豆知泉

  • てっぺんにあるネオンサインの色で明日の天気が分かる。2段重ねのネオンが上下共に白なら晴れ、黄色なら曇り、青なら雨を意味している。

初代通天閣

  • 現在、大阪のシンボルとして建っている通天閣は2代目です。
    初代の通天閣は1912(明治45)年7月3日、4万坪を超える第5回内国勧業博覧会の跡地に出来た大型娯楽遊園地「ルナパーク」のシンボルタワーとして建設されました。

  • 実はデザインはパリのエッフェル塔と凱旋門をモデルにして作られた物ですが、大阪の庶民には誇らしい物として親しまれていました。
    当初は高さ64mで、大阪市初のエレベーターも設置され、隣接している遊園地「ルナパーク」には、豊臣秀吉の動く人形などがあった不思議館などもあったそうです。
    初期は展望台からロープウェイが出ていた事もありました。
    その後、高さ75mになり、新世界の名所となりました。

  • 初代スポンサーはライオン歯磨き
    現在の通天閣には日立の文字がスポンサーとして入っていますが、初代の広告スポンサーは1920年に取り付けられた『ライオン歯磨』だったそうです。
    現在のスポンサーの日立は関東の企業ですが、何故、大阪出身の電器メーカー(松下、サンヨー、シャープ等)ではないのか? というと、大阪の企業だと逆に「何故あそこの宣伝ばかり」ともめる為に、しがらみの無い関東のメーカー日立に決定したそうです。

  • 運営は、最初「大阪土地建物(株)」だったそうですが、昭和13年に「吉本興業」になりました。

  • そんな通天閣も1943(昭和18)年に火災にあってしまい、ちょうど戦中だったこともあり鉄材提供という名目で完全に解体されて姿を消してしまいます。
    後に東京に出来た東京タワーが朝鮮戦争で使用された戦車の廃材を利用して造られたのと対照的な出来事です。
    その跡地は現在駐車場になっているそうです。

2代目通天閣

  • 戦後4年ほど経ち、人々の生活が安定しはじめた頃「やっぱ大阪のシンボル通天閣が無いのは寂しい」と地元住民の声が盛り上がり、2代目通天閣が誕生しました。

  • 1954(昭和29)年.9月4日に通天閣観光株式会社が出来、2代目建設計画が始まります
    1956(昭和31)年.10月28日に2代目通天閣が完成しました。
    再建にあたり通天閣もパワーアップを図り、高さは倍近い103mになりました。
    そして91mの所に展望台があり、さらに通天閣のてっぺんにあるネオンは天気予報を知らせています。

  • 2代目通天閣の設計者は早稲田大学教授で構築物・振動研究会をも開催している内藤多仲氏(1886〜1970年)です。
    実はこの内藤多仲氏は2代目通天閣だけではなく、それから2年後に東京タワーの設計にも携わっています。つまり通天閣と東京タワーは兄弟だったのです。

  • 東面にある大時計は、文字盤の直径5.5m、長針の長さ3.2m、針の重さは1本30kgという日本一のマンモス時計です。
    地上から展望台までの階段は503段。うち補助塔のらせん階段が106段。

「通天閣」という名前の命名者は?

  • この通天閣という名称は、長いこと、新世界を開発し通天閣を建設した大阪土地建物(株)の社長だった土井通夫氏の名前から「通」という文字を取って「天に通じる高い建物」となっているのだと言われていました。
    しかし、あくまでも噂だけで、その命名者が不明のままでした。

  • 1985(昭和60)年.12月に『通天閣30年史』を作ろうと資料を集めている事を知った大阪市住吉区の藤沢成太氏が「名付けたのは私の祖父・藤沢南岳です」との手紙を寄せ、その問題が決着したのです。

  • 藤沢南岳氏は明治維新の直前に「朝敵」と目された高松藩の藩論を佐幕から勤王に転換させるなど、政治の舞台で活躍した高名な儒学者です。

  • 藤沢南岳氏が命名したという記録はありませんが、氏の家族や近隣では昔からそのことは当然の話として語り継がれており、藤沢成太氏のいとこ作家・藤沢恒夫氏も「間違いない」と証言しています。
    藤沢南岳氏は大阪船場で、彼の父が開いていた私塾「泊園書院」を引き継いで、商家の子弟の教育に専念しており、地域の名士として多大な尊敬を集めていたそうです。

  • そして、明治維新以降、新しくできる店などの命名の依頼を受けていたそうで、紅葉で有名な小豆島の「寒霞溪」も、その1つだそうです。

更新履歴

  • 2002.06.20
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