大阪府 のバックアップ(No.1)
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- 1 (2006-03-20 (月) 21:41:25)
- 2 (2006-04-18 (火) 04:34:40)
- 3 (2006-07-15 (土) 09:50:53)
お?【おおさかふ:大阪府】
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語源 †
- 大きな坂がある街と言う単純な理由でつけられた。
- あるいは「大スカ」と言って、湿地帯の事を言ったのではと言う説もある。
大阪府の豆知泉 †
- 大阪府の花:ウメ・サクラソウ
大阪府の鳥:モズ
大阪府の木:イチョウ
小坂→大坂→大阪 †
- 大阪の名前の起源となる一番古いモノは『小坂』と言うもので、たぶんこれを「オサカ」あるいは「オザカ」と呼んでいたのだと思われます。
もっとも、現在の大阪府の土地全体が坂になっているワケではなく、ごく一部の狭い地域をさしていた言葉で、この小坂は現在の大阪市内の中央部を南から北に向けて伸びている上町台地の頂上付近の事だったようです。
この《小坂》に蓮如が石山本願寺を建立した際に、縁起を担いで大きくなるようにと地名も《大坂》へと替えられたらしいのです。(呼び名自体は変わらずオサカ、あるいはオザカ)
- この大坂は豊臣秀吉が天下統一を果たした際に、流通の拠点となり盛隆を極めることになるのですが、徳川の時代に首都が江戸に移ったあとも商業都市として繁栄し続けました。
しかし江戸時代も300年近く続くと、かつて都があった京の威光も徐々に薄れ、商業の街と言われた大坂の景気もしだいに悪くなってきたのです。
- その時、大坂の「坂」と言う字には「土に還る=消滅」と言う意味があるので縁起が悪いと言われだたのです。
そこで考えられたのが「盛ん」や「多い」と言う意味を持つ「阪」の文字で、これは江戸後半に提案され、文献の中ではこの文字を使う人も増え始めていたのです。
- 江戸時代が終わった時、大久保利通?が大坂へ遷都しようと言う提案書《大坂遷都に関する建白書》を提出するのですが、首都に必要な施設などの不足が挙げられ、この話は却下されてしまったのです。
しかし、そんな事にめげない関西パワーで「もっと盛んになるべき街だ」との願いから、明治10年に正式名称が《大阪》になったのです。
大阪府の地名 †
- 大阪府羽曳野市(→南大阪市?)
マックの書体『オオサカ』 †
Apple社のコンピュータMacの標準書体に「オオサカ」と言う物があり、日本書体では他に「キョウト」などもある。最近は見なくなったが以前は「ナガサキ」やそれ以外の都市の名前もあった。
- これはどの様な理由かと云うと、元々アメリカで開発されたマッキントッシュに使用されていた英文書体は開発された人の住んでいた土地の名前などをつけ「シカゴ」「ニューヨーク」などと呼んでいた歴史があった。(都市名は商標登録できないので勝手に付けても問題ないのが最大の理由)
それで日本語フォントが積載される時にも、そのパターンを踏んだのだ。
- で、肝心の「トーキョー」と言う書体がありそうなのに存在しないのは、暫定的に日本語で動かす為に急いで作られた「オオサカ」「キョウト」などとは別に、将来マック標準書体になる完成度の高い書体が作成されていた為に「トーキョー」の名前は開けてあったと云われているが、そのヒミツは今になっては謎でしかない。
7月28日 なにわの日 †
- 「な(7)に(2)わ(8)」(難波・浪速)の語呂合わせで7月28日になりました。
大阪府出身の歴代総理大臣 †
▼鈴木貫太郎(第42代総理大臣)
▼幣原喜重郎(第44代総理大臣)
更新履歴 †
- 2000.02.16(マックの書体『オオサカ』)知泉No.138
- 2001.05.15(小坂→大坂→大阪)知泉No.138