パラパラ のバックアップ(No.1)
は【パラパラ】
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なぜ流行ったのか? †
- 80年代末に巨大ディスコブームと共に流行したダンスは《パラパラ》と言う実に幼稚な命名をされて、その手の人々に支持された。
このパラパラと言う名前は、当時新宿のディスコなどで盛んに流れていたa〜ha(アーハ)が歌っていた『Take on me』と言う曲のイントロ部分が「パパラパ、パ〜、パパラパッパ〜♪」と言うブラス系の印象的な音だった為に、その曲を掛けていたDJが「さぁ今日もパラパラ踊ってみよう!」などと叫んでいた事から命名されたと言われています。
- その後いちど下火になって「パラパラってダサいよなぁ」と言うイメージになったのですが、そのダサさをネタにスマップ木村拓哉がバッキーというキャラクターに扮して『SMAP×SMAP』の中でパラパラを踊ったのです。つまり笑いをとるために。
- しかし、その狙いの「ダサ〜」と言う意図とはまったく逆に「あれってカッコいいよね」と、90年代後半再びブームになってしまいました。
なぜこの日本特有のダンスが流行ったのか?と言う事を考えると、まず最初は人がひしめき合う巨大ディスコと言う異空間と言う舞台があったのだとされています。
つまり、普通に足のステップを中心にした踊りさえ出来ない狭い状態で出来る事は、腕を細かく動かすと言う事。
- さらに、このパラパラと言うのはある種、パターンを覚えてしまえばダンスのセンスが無くてもなんとかサマになるという利点があったのです。
ダンスの歴史 †
- 日本のミュージックシーンの歴史を見ると、ゴーゴーやモンキーダンスの時代、ディスコの時代、ブレイクダンスの時代と、時代によって色々なダンスが出てきましたが、それを踊りこなせるのは実際にはごく少数で、その巧い人の踊りを見ると言うのが基本でした。(実際日本だけでなく、それはアメリカでも同様で、ちゃんと踊れる人は少ない)
ところが日本の場合、ダンスとは無縁のように見えて、実は古来よりみんなで踊る《盆踊り》と言う物が存在していました。
- みんなで輪になってパターン化された振り付けを繰り返すと言うもので、それは優劣を競う物ではなく、踊ること、参加することを楽しむと言う物でした。
海外にもフォークダンスと言う物が存在しますが、こちらは社交ダンスの流れを酌んでいて、相手が存在して成立する物ですので、基本的に自分一人で踊る盆踊りとはシステムが違うものだと考えられます。
- その盆踊りとパラパラの間に80年代初頭に登場した《竹の子族》と言う物があります。
いわゆる、原宿の竹下通りの歩行者天国で、当時流行始めたユーロビートの元祖とも言えるジンギスカンなどを流して、輪になってみんな同じ振り付けの物を踊り続けると言うものです。
原宿にあった《竹の子》と言うブティックが創った中近東をイメージするような服を着ていた事から命名されたブームですが、ここではぐるぐる回ったり、ステップを踏んだりすることから、盆踊りとフォークダンスの融合が試みられたと言う感じなのかも知れません。
- その竹の子族というのは中学生〜高校生ぐらいの年齢が中心で、その世代が卒業していくと同時にブームは去りました。(3年間ぐらい)
そして日本は狂乱のバブル期に突入して、80年代末の巨大ディスコの登場になるのです。
実はその巨大ディスコの仕掛け人と言うのがちょうど竹の子族世代だったわけで、その流れがパラパラ誕生へとつながっていくのです。
- さらに、その巨大ディスコ時代に遊び回っていた世代が90年代の末、TV局などで若手ディレクターなどになっていて・・・・
と、時代はつながって流れているのです。
更新履歴 †
- 2001.06.05