ジャニーズ事務所 のバックアップ(No.18)


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ジャニーズ(4人)

元々芸能プロダクションを経営していたジャニー喜多川氏が作った少年野球チーム「ジャニーズ」が元になっている。この少年野球チームのメンバーでダンスチームを結成し、その中でピックアップされた4人が[ジャニーズ]として歌手デビューする事となった。

ジャニーズジュニア初代(5人)

1965に結成されたロックバンド。特にレコードデビューなどはなく、ジャズ喫茶で演奏やライブを行った。

  • 0000/00/00西原高泰
  • 0000/00/00田中清司
  • 0000/00/00井上肇
  • 0000/00/00清瀬ジュン
  • 0000/00/00峯のぼる

フォ−リ−ブス(4人)

フォーリーブス
もともとミュージカルのために結成されたグループ。その為に激しいダンスや曲中にバク転などをする事が注目され、一躍TV時代のアイドルとなった。
キャラクター分けもしっかり出来ていて、現在まで続くジャニーズアイドルグループの基本的パターンを作った。(ニヒル・可愛い・のんびり・面白いの4人組)

永田英二→八田英士→永田英士

初代フォーリーブスのメンバーだったが、レコードデビューにあたって小学生だった為に活動に制限が出てしまうので、青山孝と交代する。
フォーリーブスに2年遅れ1969年に「あこがれ」でソロデビュー

  • 0000/00/00永田英士

ハイソサエティー(4人)

フォーリーブスのバックで踊っていたデビュー予備軍(ジュニア)の中から、人気投票で選出されたグループ。いわゆる、現在の「ジュニアとしてバックで踊る→選抜されグループデビュー」の基礎となった。

  • 0000/00/00村田勝美
  • 0000/00/00山丘邦夫
  • 0000/00/00峯井貴史
  • 0000/00/00高橋洋一

ジュークボックス(4人)

1969年〜1973年/バンド系

  • メンバー不明

郷ひろみ

説明する必要もないほど現役で有名な人
郷ひろみは最初からソロデビューさせる予定だったが、ジュニアの一員として踊っていた時期がある。つまりファンへの顔見せ&人気を浸透させると言う売り出しの方法論をすでに完成させていた。
ジャニーズ事務所に入ったキッカケは、デビュー当初は「母親と買い物をしている処をスカウトされた」だったが、その後は「知り合いの人に紹介された」「映画のオーディションで」と変化していった。1972年デビュー

葵テルヨシ

1973年デビュー・1976年引退

  • 0000/00/00葵テルヨシ

井上純一

1974年デビュー

ジャニーズジュニア(2代目)

[1軍メンバー]1973結成。
郷ひろみのステージでデビュー。
この中から3人がJJS(ジャニーズ・ジュニア・スペシャル)としてデビュー
残りのうち、1人は事務所のスタッフになり、6人は郷ひろみにと共に事務所を移籍し「メッツ」としてデビューする。
当時ジュニア(研修生)は25人くらいいた。

  • 0000/00/00板野俊雄
  • 0000/00/00林正明
  • 0000/00/00畠山昌久
  • 0000/00/00山縣孝良
  • 0000/00/00柏木孝夫
  • 0000/00/00鈴木寛
  • 0000/00/00小坂まさる
  • 0000/00/00近藤純市
  • 0000/00/00吉田義久
  • 0000/00/00鳥越晃

リトルリーブス(4人)

1972年頃デビュー
名前の通りにフォーリーブスの弟分としてのデビューした、平均年齢13歳ぐらいの若年齢グループ。その後、メンバーの二人、曽我泰久・松原秀樹だけで[リトルギャング]となる。

  • 1963/01/07曽我泰久
  • 1961/11/02松原秀樹
  • 0000/00/00森谷泰章
  • 0000/00/00川吉臣

リトルギャング(2人)

1975年デビュー・1978年解散
この二人は、78年に解散したが、[アンク]というバンドで再デビューをする。
その後、曽我泰久は[ザグッバイ]にも参加するという、意外な芸歴の長さを誇る。
デビュー曲:アイ・ラブ・ユー

  • 1963/01/07曽我泰久
  • 1961/11/02松原秀樹

豊川誕

養護施設出身で両親を知らないと言う部分ばかりがクローズアップされ、事務所側もそれを臭わすような曲ばかり作る。
1975年デビュー・1977年引退・その後もライブ活動などを90年代初頭まで続けていた。
デビュー曲:星めぐり

  • 0000/00/00豊川誕

JJS(3人)

1975年デビュー・1977年頃解散
ジャニーズJr.の中から選抜された3人
当時「ベルサイユのバラ」がブームだったために、ベルサイユのばらと言う曲でデビュー
井上陽水が書いた「ロンドン急行」などと言う曲も歌っていた。
77年に解散したが、翌年、ジャニーズ唯一の女性を二人加えた[VIP]と言うグループで再デビュー(10ヶ月で解散したが)
板野俊雄は80年代にはジャニーズのダンス指導者となっていたが、田原俊彦のバックでも踊って人気を得ていた。

  • 0000/00/00板野俊雄
  • 0000/00/00林正明
  • 0000/00/00畠山昌久

メッツ(6人)

1975年デビュー「レディ・レイは最高さ!」・1978年頃解散
ジャニーズの流れのグループだがデビュー自体はジャニーズからではない。
元々郷ひろみのバックで踊ってたジュニアだったが、郷ひろみの事務所移籍の際、一緒に移籍し、そこでデビューをした。
小坂まさるは後にどこかの議員として立候補。
資料によってはメンバー鈴木寛を後のパパイヤ鈴木とする物もあるが、同姓同名の別人。

  • 1957/09/27小坂まさる
  • 1957/05/04山懸孝良
  • 1958/09/27近藤純市
  • 1959/03/11柏木孝夫
  • 1958/10/13鈴木寛
  • 1958/12/18吉田義

クエッション(4人)

1976年デビュー/デビュー曲:雨がふってきた
ジャニーズ系バンドとしてハイソサエティの流れを継いでいるグループ。
1年ほどで解散をしたが、メンバー中のリューベンは、78年頃チャーのバックバンドに参加し(事務所を移籍した後)、その後[リューベン&カンパニー]と言うバンドでデビューをした。

  • 0000/00/00リューベン
  • 0000/00/00他メンバー名不明

VIP(5人)

1978年デビュー・1979年(10ヶ月)解散/デビュー曲:南十字星
ジャニーズ唯一の女性が参加したグループ
JJSにオーディションで参加した河村信子(劇団研究生)と、元々フォーリーブスのファンだったと言う吉本和子が加わった5人編成。

  • 0000/00/00板野俊雄
  • 0000/00/00林正明
  • 0000/00/00畠山昌久
  • 0000/00/00河村信子
  • 0000/00/00吉本和子

川崎麻世

1977年デビュー
近年はカイヤ夫人とセットで話題になったりするが、当時は足の長さを誇っていたアイドル。
デビューのきっかけは地元大阪のTVで西城秀樹のまねをした事で。歌はいまいち売れていなかったが、人気だけはあり、NHKレッツゴーヤングの「サンデーズ」メンバーとして長く活動していた。
カイヤ夫人とはミュージカル「スターライトエクスプレス」(テーマ曲が光GENJIのスターライト)で知り合った。

アンク(6人)

1979年デビュー・1981年頃解散
デビュー曲:1980.7.21「イマジネーション」
セカンドシングル:1980.10.21「未来に向って/鉄腕アトム」はTVアニメ「鉄腕アトム」の主題歌
曽我泰久→後にザグッバイに参加
長谷部徹→後にフュージョンバンド「スクエア」に参加
その関係もあってか、現在でもジャニーズ主演系ドラマの音楽を担当する事もある
ついでに奥さんは元アイドル甲斐智恵美

  • 1963/01/07曽我泰久
  • 1961/11/02松原秀樹
  • 1950/11/21柴谷秀樹
  • 1962/02/15大野祥孝
  • 1963/06/21長谷部徹
  • 1959/05/04伊藤栄悟

たのきんトリオ(3人)

1979年〜。TVドラマ「3年B組金八先生」からデビューした3人
と言っても、この3人で歌手活動を正式にしたワケではなくジャニーズの3人組的な愛称として呼ばれていた
「たのきん全力投球」と言う3人がメインの番組もあった。
たのきんトリオとしてライブやビデオの発売はあったが、音源としては田原俊彦のデビューシングルのSide-Bに「贈る言葉」を3人で歌っているのが唯一のレコード音源か?(近藤真彦などの映画のサントラにもあり)

田原俊彦

1980年:ソロデビュー

近藤真彦

1980年:ソロデビュー

ひかる一平

1980年に3年B組金八先生シリーズ2作目に出演し、翌年の1981年にレコードデビュー。
しかし「たのきんブーム」に隠れて、ブレイクせず。
デビュー曲:胸さわぎの放課後

シブがき隊(3人)

シブがき隊1982年デビュー・デビュー曲:NAI・NAI・16・1988年頃解散
2年B組仙八先生に出演した3人で結成したグループ。

ザグッバイ(4人)

THE GOOD-BYE:1983年デビュー・デビュー曲:気まぐれOneWayBoy?・1990年解散
デビュー前のメンバーとして、曽我泰久と共に、72年から[リトルリーブス]→[リトルギャング]→[アンク]と活動を共にしていた松原秀樹も参加していたが、レコードデビュー時になぜか外れる。
その後は事務所を辞めたが、後に[シング・ライク・トーキング]のサポートメンバーとして活動。

  • 1964/10/26野村義男
  • 1963/01/07曽我泰久
  • 0000/00/00加賀八郎
  • 0000/00/00衛藤浩一

イーグルス(5人)

デビュー曲:走れ!ゴーインBOY
ロサンゼルスオリンピックのキャラクター「イーグルサム」に因んで付けられたグループ名。
中村成幸→1985年中村繁之としてソロデビュー
内海光司&大沢樹生→光GENJI

  • 1967/09/01中村成幸
  • 1968/01/11内海光司
  • 1969/04/20大沢樹生
  • 0000/00/00宇治正高
  • 0000/00/00石川博文

乃生佳之

1985年デビュー・デビュー曲:だいじょうぶマイフレンド
映画「だいじょうぶマイフレンド」で俳優&歌手としてデビュー

  • 0000/00/00乃生佳之

少年隊(3人)

少年隊:1991年結成・1985年デビュー
デビュー曲:仮面舞踏会
1986から毎年夏恒例ミュージカル
『少年隊PLAY ZONE』を青山劇場で公演

おめで隊(3人)

当時、大人気だった萩本欽一(浅井企画)とジャニーズの融合で誕生したグループ。
正木慎也&中村亘利(少年忍者)奈津あつし(浅井企画)
同系列グループとして[[CHA-CHA]]がいるが、こちらはイマイチ売れずに「ドキドキ欽ちゃんスピリッツ」と言う番組内だけで消えたと言う印象。
デビュー曲:悲しきエクササイズ

  • 0000/00/00正木慎也
  • 0000/00/00中村亘利
  • 0000/00/00奈津あつし

光GENJI (7人)→光GENJI Super5(5人)

光GENJI:1987年デビュー・94(SUPER 5)・1995年解散
内海&大沢の「光」と、他の5人の「GENJI」の2班体制グループ

男闘呼組(4人)

男闘呼組:1988年デビュー・1993年頃解散

CHA-CHA(5人)

CHA-CHA:1988年デビュー・デビュー曲:Biginning
勝俣州和・松原桃太郎・西尾拓美(浅井企画)木野正人・中村亘利(ジャニーズ)

忍者(6人→4人)

1985年(少年忍者)結成・1990(忍者)デビュー・デビュー曲:お祭り忍者

SMAP-スマップ-(6人→5人)

SMAP:1989年結成 → 1991年デビュー

SAY・S(4人)

光GENJIのメンバー4人でのユニット、それぞれの名前の頭文字「S佐藤-A赤坂-Y山本-S佐藤」を取って「SAY・S」という、後のユニット名でも多様されるパターンの創始

  • 赤坂晃・佐藤敦啓・佐藤寛之・山本淳一

TOKIO(5人)

TOKIO:1993年デビューのバンド系
これまでのバンド系ジャニーズはあまりバラエティ展開などをやらなかったが、TOKIOは「鉄腕ダッシュ」や「ガチンコ」など比較的ガテン系物に出演し、男性からも支持される珍しいジャニーズグループとして成長した。

V6(6人)

V6:1995年デビュー
年長組と年少組の2班体制のグループ

Kinki Kids(2人)

KinKi Kids:1992年デビュー・1997年CDデビュー

嵐(5人)

:0000年デビュー

KAT-TUN(6人)

KAT-TUN

☆☆I★N★G★進行形(5人)

☆☆I.N.G

  • 1985/06/22高井宙也?
  • 1986/11/02東新良和
  • 1987/10/17服部将也?
  • 1987/12/23藁谷亮太?
  • 1988/12/15ラファイエディ?

Ya-Ya-Yah(7人)

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